ちょっと古びたまち、北品川。旧東海道の商店街通りには歴史を偲ばせる場所が沢山あります。お休みの日、気軽に歩いてみてはいかがでしょうか?
まち歩きマップ(旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会提供)

北品川の駅をおりるとそこは東海道品川宿の入り口。マップがありますので是非ご覧ください。すぐそばの八ツ山アンダーパスは1954年に公開された映画「ゴジラ」でゴジラが最初に東京上陸した場所です。操車場、列車、八ツ山陸橋破壊(いまはありません)、そして品川沖に去っていきました。

江戸時代のこのあたりの旧東海道はすぐ東側が海でした。品川神社の南にある東海寺は三代将軍徳川家光が沢庵宗彭のために建てたお寺ですが、この沢庵和尚がここで家光公を出迎えたときに有名な問答がありました。
家光
「海に近いのに東(遠)海寺とはこれ如何に」
沢庵
「大軍を率いても将(小)軍というが如し」
なにやらダジャレっぽいですが、この有名な禅問答を記念して建てられた碑です。

今はコンビニとなっていますが、この建物は幕末、「土蔵相模」と呼ばれる貸座敷でした。高杉晋作や伊藤博文ら長州藩士がここで密議し、ここから有名な「御殿山焼き討ち事件」をおこしたといわれています。

江戸時代、大名が宿泊する本陣がおかれていたのがここです。また、明治天皇が休息したため「聖跡」の名がついています。聖跡とつく場所は都内でも数少ないのだそうです。

1924年(永仁2年)開創、現在の建物も1860年(安政7年)建立という大変古いお寺さんです。本堂正面入口の上から壁面にかけて「伊豆長八」が作った漆喰鏝絵の龍があります。

1384年(至徳元年)開創の芝増上寺の末寺です。品川台場築造の際に品川御殿山から出土した中世の板碑121基を保存、その由来を記した遺墳碑が建てられています。境内には天保の飢饉で亡くなった人の供養搭「流民叢塚碑」や、「品川小学校発祥之地」と記した碑があり、品川区で一番古い小学校は明治7年に誕生しました。

1299年(正安元年)開創と伝えられる東京唯一の虚空蔵尊を本尊とするお寺です。虚空蔵尊は「十三詣り」と結びついて、子供が十三歳より十五歳までにお参りすると、福・徳・知恵を授かると言われています。 また丑年・寅年生まれの守り本尊でもあります。 毎年春と秋に大祭が行われます。当日は本尊のご開帳があり、護摩が炊かれ多くの参詣人が訪れます。

1854年(安政元年)、ペリー来航などで日本開国の機運が高まるなか、品川宿に住んでいる方達が安泰と発展を祈願して建てたという比較的新しいお寺です。
小泉長屋とは北品川宿の字名で、面積五反(4984平方メートル)の地域です。1664(寛文4年)に板倉主税の抱地になった地で、その後、祐心という人物の所持となって百姓地となり、1748~50年(寛延)のころに祐心が小泉屋金左衛門に譲り、同地に貸し長屋をたてたため小泉長屋と呼ばれました。このあたりは今でも井戸が活躍しているところがあります。公園のそばや通りの真ん中にいろいろな形の井戸が存在しています。


通りには旧道らしい店構えの店舗や横町の古い煉瓦壁など。いろいろ探してみてください。


